柳心館:柳生心眼流兵法(登米市)

プロフィール

団体名称:柳生心眼流兵法 柳心館
     (やぎゅうしんがんりゅうへいほう りゅうしんかん)
代表:佐々木 崇哉(ささき たかや)
流派の名称:柳生心眼流兵法(やぎゅうしんがんりゅうへいほう)
稽古している術・法・道:柔術、剣術、棒術、甲冑術

道場1:柳生心眼流兵法 柳心館本部
  • 代表者:星 徳一
  • 所在地:登米市迫町新田
道場2:柳生心眼流兵法 柳心館北方支部 顕心館古河向道場
  • 代表者:高橋 輝夫
  • 所在地:登米市迫町北方
道場3:柳生心眼流兵法 柳心館南方支部
  • 代表者:佐藤 力
  • 所在地
    • 登米市南方武道伝承館(登米市南方町西山成前16番地1)
    • 登米市南方町西郷公民館 研修室(登米市南方町堤田38番地)
  • 稽古日と時間帯
    • 登米市南方武道伝承館:毎月第2・第4日曜 14:00~17:00
    • 登米市南方町西郷公民館:毎週水曜 19:00~21:30
  • 連絡先:090-4559-8381(佐々木 崇哉)
  • 公式サイト:https://www.facebook.com/minamikatasibu89singanryuu/

道場4(関連団体):柳生心眼流甲冑柔術保存会
柳心館は、昭和11年(1930流儀の普及振興を図るため、
柳生心眼流兵法第十七代宗家星彦十郎國行が創設した道場である。
本部創設と同時に各地に支部道場も設立され、宮城県北・岩手県南、
遠くは青森と東北各地で伝承。武器を持たない農民の唯一の護身術として盛んに稽古された。
しかし戦前戦後の混乱の中で失伝を余儀なくされた地域も少なくはない。
そして昭和56年(1981)宮城県は、柳心館を宮城県指定無形文化財保持団体に認定。
これを契機に、郷上の文化財柳生心眼流を後世に保存伝承しようと熱意ある有志274名が
昭和59年(1984)のに柳生心眼流甲冑柔術保存会を結成。
現在は、第二十一代宗家柳心館第五代館長)星徳一國兼師範を中心に、
本部・支部・保存会が一丸となり流儀の保存伝承活動が行われている。
柳心館本部館長 星 徳一(國兼)
柳心館北方支部 支部長 高橋 輝夫(義直)
柳心館南方支部 支部長 佐藤 力(兼成)
柳心館築館支部 支部長 仁木 浩二(兼位)

流派由来

流儀略説
柳生心眼流の起源は江戸時代初期。仙台藩の剣士、竹永隼人兼次によって
創始された総合武術の流派である。
流祖竹永は、はじめ神道流・神影流・首座流・戸田流と四流の剣術を修め領内で剣技を教授。後に柳生但馬守に師事し流名に「柳生」の名を冠することを許され柳生心眼流と称した。
流儀は流祖竹永より吉川市郎右衛門、伊藤久二郎と続き、中興祖小山左門行房に継承され、全国各地に伝承地を拡大。
そして幕末に至り佐沼の相澤東軒が継承し、登米・栗原地方に伝承され、
更に仙台藩校養賢堂の武術教師を勤めた近代祖星貞吉義治が継承し、
明治と言う激動の時代の中で柔術を主体とする高度な技法を伝承し、
流儀の礎を築き上げた。以後、柳生心眼流は新田の星家一族を中心に伝承され現在に至る。

流儀系譜
(元祖)羽州帯刀 - 江州理剣 - 荒川治郎左衛門 - 清元入道 - 柳生但馬守 -
(流祖)竹永隼人兼次 - 吉川市郎右衛門 - 伊藤久二郎 -
(中興祖)小山左門行房 - 相澤仲之進東軒 - 千葉守弘 - 高橋義祐 - 佐竹盛之助 - 加藤権蔵 -
(近代祖)星貞吉義治 - 星清右衛門國行 - 星彦十郎國行 - 星清作國光 - 星精一 - 星則男國憲 - 星徳一國兼

道場の良いところ・古武道を習ってよかったと思うところ

老若男女問わず、健康維持のため、護身術のためにと汗をながしております。
本部も支部もそれぞれ伝承されてきた心と技を次世代に伝承すべく、
柳生心眼流甲冑柔術保存会と一丸となり後継者の指導育成に尽力しています。

今年の古武道大会での演武に懸ける想い

柳生心眼流は、甲冑術と甲冑柔術の二大技法に大別されております。
昨年は素肌で行う甲冑柔術を中心とした演武を披露しましたが、
今年は甲冑を身に着けて諸武器を用いる甲冑術を中心に演武を披露したいと思います。
そして少しでも古流武術の発展に尽力できればと思います。

演武写真